「感動」とは何か

円卓ディスカッション 2016.04.07

今回のキーフレーズ

「幸せってそれくらいひっそりしたものかもしれないね」

感動とは何か

コミュニケーションが上手くても感動させるとは限らない。感動とはなにか? 感動させるとはどういうことか?

感動を与えるというのは、ジグソーパズルで、最後の1ピースを相手から出させることに似ている。

池田を演劇に生きることにさせたのは、観客の「もう少し生きていこうと思う」というアンケートコメントだったという。

上野も、このテーマにはまいった。思い浮かんだのは、「不完全の美」「幸せの許可」「命の限りと、生きていることに気づく」。

生き死にに直面したとき、人は人に感動を与えることが多いようだ。田原によると、そのとき「感謝しかない」「曇らせない」が得られるという。

感動というのは、発見により世界観、人生観、死生観が変わるということではないか。端的に言うと、生きているということを感じることか。

負ける経験の必要性

円卓ディスカッション 2016.03.23

負ける経験の必要性

競って負けるという経験が必要。現代では多くのゲーム玩具が勝つ喜びを提供しているが、昔の子供同士の遊びは勝ったり負けたりしていた。そこで、勝ったり負けたりしても仲良くするという術を学んでいたようです。

実際に円卓ディスカッションの中でゲームをやってみた。運が介入しないタイプのもので、負けたことを運のせいにはできない。負けたときに、いろいろな自動思考・感情が沸き起こって面白い。

先人曰く、「初心者は負ける、中級者は勝つ、上級者には勝ち負けは関係ない」

いろんな自分が心の闇(シャドウ)を通り抜けるカギ

上野貢潤の心理セラピー現場で稀に、自分自身の中にも内省では見えていない部分(シャドウに関わる)があるかもしれないということを認めることが難しいケースに出くわす。この難しさはセラピーに限らず、いろいろなところで表れている。組織学習ではダブルループからトリプルループへ飛躍することに相当する。ダブルループの内省が、気づいていない何かに気づくことであるのに対して、これは気づけないことがあるということを認めるという別次元のコツが必要になる。心理セラピーではその能力をクライアントから引き出すことが前提となる。

かねてより池田練悟が提唱している「いろんな自分を増やそう」ということが、その鍵ではないかと上野は思っている。「もしかしたらそうかもしれない」よりもう一歩踏み込んで、「そうなんだ」と思ってみる。これをやるためには「いろんな自分」になったり戻ったりすることを可とすることが役立つ。いわゆる「なりきる」ということ。それを演劇では「役作り」と言うらしい。

「役作り」の技術は、社会生活の精神安定をもたらしたり、深層心理の変容プロセスを可能にしたいりして、本当の自分を生きるために役立てることができる。

上野貢潤の「感情マスタリー中級」

円卓ディスカッション 2016.03.07

上野貢潤の「感情マスタリー中級」

  • 「怖れを手放そう」は「恐さを感じないようにする」ことではない。
  • 心理セラピーでは、「怒り」と「恨み」は全く別のものとして現れる。

池田練悟の「ボディセンター論」

身体のセンターを意識してバランスをとることで、相手に与える印象から、精神状態までが変わる。上野も様々な分野で身体の中心とか軸とか聞いてはいたが、これほど実感のある話ははじめて(茶道、居合、キックボクシングで何を練習していたかがわかった)。

人もモノも「私」との関係性

池田は、人もモノも「私」との関係性、人生は関係性の総体と言う。人とモノの間である動物や自然は関係性の意識を練習しやすいと言う。これらは、上野が言う「存在」とよく似ている。

能力よりも状態で決まる(フロー)

円卓ディスカッション 2016.02.24

フロー理論の話

フローとは、人がいわゆる集中して活性している状態。

  • とどこおらない生き方。
  • フロー状態は仕事の要でもある。成果を左右するのは能力ではなく状態。
  • ある会社は人と環境を揃えてフローをつくりだす。ある会社は人を使い捨てにする。

電気などでは、電流 = 電圧 / 抵抗

フロー状態は、Flow = Love / Shadow

共演ということ

独りで目立とうとする役者は出世しない。共演できると、共に出世する。

その他のトピック

  • 手間と不自由を増やすことで隠す
  • 「これ便利」と思ったら、28億円のビジネスになった
  • 遊び人 VS 兵士
  • 衛生要因とモチベーション

遊びとは何か?

円卓ディスカッション 2016.02.10

人間関係とゲーム理論

ゲーム理論というと、論理の塊かと思いきや、意外と人間関係における不条理や感情が浮かび上がる。「もし人々が利己的かつ合理的に判断したらどうなるか」を問うことで、いかに人間が利己的になれないか、合理的ではないかがわかります。

協力した方がお互いに得なのに協力できない状態、人を恨みたくなるのはなぜか、といった感情の交流についてもよくわかります。

遊びとは何か?

遊びの反対は定め?

”余分”のことを「あそび」という。その余分は自由である。
余っていない部分(不自由な部分)があるからこそ、余分は「あそび」と呼ばれる。

遊びの反対はゆうゆつ?

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遊びとは倒れない状態?

創造+破壊=遊び

それとも、
右に倒れず、左に倒れず、その間で揺れているのが”遊び”。
システム工学の逆フィードバック制御に似ている。

自己責任論

「全体責任は無責任」とも言われるが、おそらくそれは対外的なこと。共同体の中では責任は共有される。

(例)自己紹介で話が長すぎてしまう人だけでなく、それを止めなかった人にも”責任”はある。

祈るとき、人はなにしてるの?

祈りとはIメッセージ。アサーティブであるということ。
固執せず、手放さず。
願いであり、想像である。
バランスをよくするもの。

その他のトピック

  • 「衆生所遊楽」
  • コントロールしやすい(嘘つきやすい)身体の部位

多様な自分を認める

円卓ディスカッション 2016.01.15

心の闇は個人の中の多様性

いろんな自分がいる。嫌な自分を否定するたびに、他の自分(ポジティブな自分)への負担が増える。多様な自分を認めて、負担を希釈しよう。演劇では、「役作り」という。

テーゼとアンチテーゼ

舞台ではテーゼとアンチテーゼがぶつかる。しかし、ひとつの役にとってはテーゼしかない。役者はその役のテーゼをテーゼとしないと役づくりにならない。

快楽殺人者は舞台の中でアンチテーゼ(悪役)。しかし、快楽殺人者の役は、それをテーゼにする。その台詞を言ってみる。ナイフをもってみる。紙を切ってみる。にたにたする。

心理セラピーでは、アンチテーゼとして葬られた魂をテーゼとして取り戻す。それは誰にとってのアンチテーゼか、それは誰にとってのテーゼか、自分のテーゼは何だったのか、自分の中の本当の自分を掘り起こす。それは恐ろしい。でも、やる人はやる。

池田練悟の「俳優の基本構造」

円卓ディスカッション 2016.01.08

池田練悟の「俳優の基本構造」

俳優の基本構造

上野貢潤の「メソッドの見分け方」

セミ・メソッド
 「上手くいっている人はこうできてる」を教えてくれる
フル・メソッド
 それを実現する最初の一歩まで教えてくれる

※池田練悟の演劇活用メソッドはフル・メソッドが特徴。

その他のトピック

  • 「始めたら止めてはいけない」があると実行できない。
  • 知る(思い出せる)→分かる(体験できる)→出来る
  • 人に教えることはできない。
  • ダンスは癖をはずすために。
  • 今日ダメなことが、明日もダメとは限らない。